刊行にあたって

増山 太助  元読売新聞従組書記長

 戦後の最初期の 、労働組合活動の分野において 、また労働運動評論家として健筆をふるった斎藤一郎君は、戦時中から治安維持法の下で苦闘した経験の持ち主であった。
 いうまでもなく、日本は敗戦によってアメリカをはじめとする連合諸国の支配下におかれ、労働運動も曲折をくりかえしながら産別会議を中心に再編されていった。斎藤君の言説はその記録であるといっていいであろう。
 今回の 『 斎藤一郎著作集 』 の刊行は、20世紀の労働運動を振り返り、21世紀の再編を待望してのことである。
 広く皆さんのご支持を得たいものと念じている。 


村上 寛治 元朝日新聞労働記者 

 斎藤一郎君は、産別会議結成のときから書記として、また共産党員として運動に参加していた。だから産別会議を主体とする左翼労働運動が1947年の 「 二・一スト 」 で挫折したのを転機にして台頭してきた 組合民主化≠ノよって崩壊する過程を、もっとも熟知している一人である。もちろん、産別の 「 右 」 と総同盟の 「 左 」、細谷松太と高野実の合作といわれる「総評」結成の背景についてもである。合作を戦前派による右と左からなる 「安定理論」 だと評したのも、斎藤君だった。
 総評の指導が、高野らの戦前派から太田と岩井らの戦後派に移った1955年、日本の労働運動は、五五年体制の一角を担う体制内の運動と化していった。この闘わざる、大組織=\―斎藤君の非難は、この点にむけられた。
 やがて総評は、「労使対等」のバランスが崩れ去る中に解体して行くことになる。こうした歴史を振り返ってほしい。